『叫び』

RUSH10周年の軌跡

 

 

 

 

 

 

 

 

市川RUSH10周年記念実行委員会

 

 

 

 

 

はじめに

1990年、市川東高等学校ラグビー部8・9・10期OBを中心に何も分からず産声を

あげたチームが西暦2000年ミレニアムの年に10周年を迎える事が出来ました。これを

記念し、RUSH10周年のあゆみを作成しました。

 但し、クラブ発足から平成7年度までは正確な資料が残っていない為、当時のエピソードを

交えてみました。巻末の特別寄稿と併せてお楽しみ下さい。

 

 

10周年記念実行委員会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラブの発足

1987年(昭和63年)2月発足の市川市役所同好会の活動(県民体育大会、市川・藤沢

市役所定期戦など)に武藤、辻谷、野風呂、木下、高橋、玉田が参加していた。

時を同じくして、年2回のOB会で寄せ集めのOBチームにもかかわらず、当時絶頂期にあっ

た松戸倶楽部を相手に大善戦。チーム結成の気運が高まり、野風呂博、武藤雄介が発起人となり、

東高の若手OBに声をかけ、平成2年3月18日のOB戦終了後、第1回目の会合を行いOB

会役員会議の承諾を得、県協会に登録申請し、「市川東OB」チームが誕生した。

発足当時の主なメンバー:飯島、池田、本藤、林、野風呂、武藤、辻谷、木下、高橋、玉田、

谷田、金、小野寺、後藤、中村、石井、鈴木、大野

 

平成2年度

代表者:大木利浩 主将:岸田一成 副将:木下勉 小野寺英康

公式戦:県社会人(不参加)

クラブ選手権(トーナメント 3回戦敗退)

県民体育大会(合同チームで参加 1回戦敗退<君津市>)

※ 平成2年4月第1回目の練習にはなんと30人以上が参加したが、ランパス、

アタックディフェンス(ハードタックル有り)等の厳しい練習をしてしまったが為、中には

気分が悪くなりもどしている人もいたようだ。そんな事もあり2回目以降人数が激減し、その

後の前途多難なチーム運営をうかがわせた。

 

平成3年度

代表者:飯島彰浩 主将:小野寺英康 副将:木下勉

公式戦:県社会人(不参加) 

クラブ選手権(トーナメント準優勝<教員チームの代理で東日本大会出場権を得る>)

県民体育大会(合同チームで参加 1回戦敗退<君津市>) 

夏合宿:山中湖(市川クラブと合同)

※ 市体協に加盟した市川市ラグビー協会にも「市川東高OBチーム」で登録。

 若さ、勢いを武器に快進撃。小野寺主将を中心にチームがまとまる。OBチーム特有の

アットホームな雰囲気が良い方向に出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平成4年度

代表者:飯島彰浩 主将:小野寺英康 副将:木下勉

新入部員:荒木孝明、古川武志、清水俊雄、岩田智道

公式戦:県社会人(不参加) クラブ選手権(トーナメント 2回戦敗退)

東日本大会出場(1回戦敗退)

県民体育大会(合同チームで参加) 

市民体育大会(市川選抜 準決勝敗退)

※ 7月、大会規定により教員チームの代理として、東日本大会に初出場。対戦相手は埼玉代表

 「FBP」。24対10で惜負。後に「FBP」は、現RUSH副将河田の母校OBチームであることが判明。

 

平成5年度

代表者:飯島彰浩 主将:木下勉 副将:小野寺英康

公式戦:県社会人(不参加) クラブ選手権(トーナメント 3回戦敗退)

県民体育大会(合同チームで参加) 

市民体育大会(第1位)

※ 待望のチームジャージ作成!!。ジャージのデザインをチーム内で募集。数多くの候補の中、

小野寺英康氏のデザインしたオレンジ×緑(現ファースト・ジャージ)が採用される。中には

斬新(勘違い)すぎるデザインゆえ、人々の笑いを誘い「TOMOMICHI MATSUDO」 (注1)

ブランドなるものが誕生した。

(注1)現在「TOMOMICHI 南越谷」にブランド名変更。

    コンディショニング・アドバイザー(自称)としても活躍中。

 

平成6年度

代表者:飯島彰浩 主将:木下勉 副将:小野寺英康

公式戦:県社会人(不参加) クラブ選手権(トーナメント 2回戦敗退)

県民体育大会(合同チームで参加) 

市民体育大会(第1位)

夏合宿:那須(市川クラブ・江戸川クラブと合同)

※ 部員のラグビー離れや、若い芽が育たず慢性的な人不足に拍車がかかり、低迷期を迎える。

5人前後での練習の日々、解散の危機... 純血OBチームの限界を感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平成7年度

代表者:飯島彰浩 主将:鈴木春浩 副将:古川武志

新入部員:土田直人

公式戦:県社会人(不参加) クラブ選手権(1部:1勝2敗 ブロック3位<1部残留>)

県民体育大会(合同チームで参加) 

夏合宿:菅平(市川クラブ・江戸川クラブと合同)

※ 谷田晃一氏の命名によりチーム名を「市川RUSH」に変更。心機一転を図る。と同時に

 純血OBチームからの脱却を目指し「市川クラブ」との合併に踏み切る。

―チーム合併の経緯―

  平成8年1月11日 市川市役所にて「市川RUSH・市川クラブ」の合併について両クラブ代表者による会議を開いた。(出席者:RUSH「鈴木・古川・後藤」市川「小沢・宗像」)

  主な内容:両チーム「一緒にやる」ことで基本合意。チーム名を「市川RUSH」とし、代表者・柴山、監督・飯島、主将・鈴木、副将・古川、主務・宗像、会計・小沢とした。

  1stジャージィはRUSHが使用しているものとし、2nd・3rdは市川が使用しているものとした。

  市川クラブからの移籍者:柴山慶太、宗像洋文、小沢俊也、加藤次朗、渡辺弘明、狩野一廣、

岩崎 洋、青柳 隆、渡瀬和士、大和久正巳、山本 明、長崎 亮、

森嶋泰範、北村晃一、武重雅則ほか7名 

 

平成8年度

代表者:柴山慶太 ~6月まで 主将:鈴木春浩 副将:古川武志

7月から 主将:後藤貴志 副将:古川武志

新入部員:河田和郎、山口 宏、長田良仁、鈴木篤志

公式戦:県社会人(不参加) クラブ選手権(1部:1勝1敗1不戦敗<規定により2部降格>)

県民体育大会(準決勝敗退) 

市民体育大会(第1位)

練習試合:5勝3敗

夏合宿:菅平にて江戸川クラブと合同合宿(上田クラブ・トムキャッツと試合)

 

平成9年度

代表者:柴山慶太 主将:古川武志 副将:山本 明

新入部員:中谷 新、増渕 亘、伊藤瑞之、早川(清水)万理、芳川俊太郎、小佐々能彦、

森内具彦、荒木日出夫

公式戦:県社会人参加(4勝2敗<2部第3位>) クラブ選手権(不参加)

県民体育大会(準決勝敗退<茂原市、船橋市>)

市民体育大会(第1位<市川海賊と引分>) 葛飾リーグ(1勝1敗)

練習試合:2勝1敗

 

平成10年度

代表者:柴山慶太 主将:古川武志 副将:河田和郎・森内具彦

新入部員:中野渡 伸、村上豪厚、吉澤友哉、奥野真一郎、柴田奈穂美、森長伸之、小高誓治

公式戦:県社会人(6勝1敗<2部第3位> クラブ選手権(2部優勝)

県民体育大会(準決勝敗退<船橋市、君津市>)

クラブセブン(2回戦敗退) 市民体育大会(第2位)

関東クラブ交流試合(愛知県 MRFCに勝利) 

練習試合:2勝1敗

「菅平クラブ交流試合」にて東京都クラブ2部の「ウインフィールド」に勝利

 

平成11年度

代表者:柴山慶太 ~9月まで 主将:古川武志 副将:河田和郎・森内具彦

10月から 主将:森嶋泰範 副将:河田和郎

新入部員:林 康太郎、野田康史、熊野竜一、土橋 仁、舟橋信隆、三野秀作、山田 誠、

     高松和弘、堀部伸介、飯田 豊、高井洋澄、福本由美子

公式戦:県社会人(3勝1敗<2部第2位> クラブ選手権(1部優勝)

    東日本大会(1回戦敗退<茨城県代表ピッグノーズ>) 県民体育大会(出場せず)

クラブセブン(コンソレーション 第2位) 市民体育大会(優勝)

    関東クラブ交流試合(東京都1部 どろんこに勝利)

「菅平クラブ交流試合」にて東京都クラブ1部の「PERSON_S」に勝利

「東日本大会初出場」(過去に代理出場あり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寄稿

10年ひと昔。クラブ創設時の中心メンバーも30前後になり、「高校のOBチーム」から

地域のクラブチームへと見事変貌を遂げ、千葉県内でもトップクラス?のクラブチームになっていますが、一時は解散か?というような時期もありました。そんなつらい時期には「市川クラブ」との合併(平成8年2月)や前主将の古川武志を中心としたメンバーの努力があったことを忘れないで欲しい。とくに合併に際しては要望だけが多く若く勢いに任せ、チームジャージィさえなかった時期に黙って裏方に徹するというかたちでクラブに参加してくれた市役所のメンバー。

活動から離れてしまっている今も困ったときには助けてくれる。(そんな人達がいたことを知る人は今僅かでしかない。「市川 RUSH」というチーム名もこの名前が残っていれば地方に

転勤になった東高のメンバーが戻ってきやすいだろうという「小沢氏」の意見ですんなり

「市川 RUSH」というチーム名が残った。)

今後、RUSHが存続していくには、メンバーがどのくらいRUSHというクラブを愛せるか?だと思います。RUSHという名前が残っている限り、地方から戻ってきても帰ってくる

場所があります。クラブの活動で出逢った仲間を大切に生涯スポーツとして家族を巻き込みながら、生涯現役でラグビーフットボールを楽しみましょう!

 最後に、谷田氏を中心に10周年を企画したメンバーの行動力と実行力に敬意を表します。ありがとう!

宗像 洋文

 

 

 

 

 

 

  今後、体がどんどん衰える方向ではありますが、少しでも長く若さを保っていく為にも

10年後も RUSHでラグビーができていれば“ハッピー”かな?   

河田 和郎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習

日曜日の練習は楽しいなぁ

でも月曜日はつらいなぁ

あーあ うみに行って泳ぎたいなぁ

今日もそろそろ疲れてきたし

うんこして寝るかな

 

試合

試合は全部勝ちたいなぁ

なんか欲張りな人だ

でも最後の大会かもしれないし

みんなに胴上げされて宇宙に飛んで行けたら

それがいい記念日になりそうだ

海老天 五郎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

RUSH10周年記念実行委員会

委員長  谷田 晃一

委員 宗像 洋文

木下 勉

中谷 新


編集・発行 RUSH10周年記念実行委員会

2000年3月4日